複雑骨折の治りの悪さ
かかとの複雑骨折をしてしまい、手術そしてそのあとの治療のために数か月通い続けています。骨はくっつきましたが、人工骨を入れていることや、プレートで固定しているために、まだまだ今後もお世話になる必要が生じています。主治医の先生は、20代後半くらいの愛想のない、そして手術大好きなスキルのある先生であり、診断は実にストレートで、柔らかく話すということがほとんどありません。ですから間違ったことは言っていないし、率直な診断をはっきりと言ってくれるので、信頼はできますが、最初はかなりがっかりしました。というのは手術をしたときに、骨があまりにもひどくて人工骨を入れたのですが、それが大き過ぎて骨に馴染むかわからない、自分ならこれほどの症状であれば、骨の移植をするが、院長が人工骨を入れろという指示だったので、仕方がなくそうした、そんなことを言われました。幸い骨が馴染んだので良かったのですが、これが馴染まなかったら、再手術が必要になったことになります。評判が良い院長のようですが、私の主治医が手術の大部分を担っており、接骨院の院長はコンサルティング指示を出すだけのような部分があるようです。主治医は手術のスキルがあるようですが、院長のやり方とは違う部分があるようで、やりにくそうなことを正直に言ってくれました。この主治医は無駄なことは一切せず、シンプルで、余分にお金を使わせるようなことをしないこと、言葉遣いは丁寧ではないが、症状をはっきりと伝え、曖昧さがないことや、ショックを与えないように真実を述べない、そんなことがないので個人的には好きな先生です。
韓国フォトウェディングの費用を抑えるなら
私のアルバムの中に、一枚だけ、ウェディングドレス姿ではない、少し色褪せた写真が大切に挟まれている。それは、まだ私が幼かった頃、父と二人で神戸の北野異人館街を訪れた時のものだ。おしゃれな街並みに少し緊張しながら、大きな父の手にしがみつくようにして急な坂道を登る、小さな私の姿。その隣で、不器用な笑顔を浮かべる若い父。私のフォトウェディングの撮影場所に神戸を選んだのは、夫の提案だった。しかし、その地名を耳にした瞬間、私の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、この一枚の写真の記憶だった。私にとって神戸は、ただの美しい港町ではない。それは、父との温かい思い出が息づく、特別な場所なのだ。 フォトウェディングの前日、私たちは両親を伴って神戸の街を訪れた。明日の撮影本番を前に、少しだけ観光を楽しもうという、夫の優しい提案だった。私たちが向かったのは、もちろん、あの北野異人館街。数十年ぶりに訪れたその場所は、記憶の中よりも少しだけ洗練され、観光客で賑わっていたけれど、うろこの家や風見鶏の館が醸し出す独特の雰囲気は、昔のままだった。そして、目の前に立ちはだかる、記憶よりもずっと急に感じる坂道。その坂を、今度は夫と腕を組み、そして少しだけ老いた父と母の背中を追いかけるようにして、ゆっくりと登り始めた。 「この坂、昔お父さんと一緒に登ったことがあるんだよ」。私がそう言うと、父は「そうだったかなぁ」と、いつものように素っ気なく答える。でも、その横顔が、少しだけ嬉しそうに見えたのは、きっと私の思い過ごしではないだろう。坂の途中で足を止め、眼下に広がる神戸の街並みを眺めながら、私は幼い頃の記憶を夫に話して聞かせた。父に手を引かれ、息を切らしながらこの坂を登ったこと。異人館の窓から見える景色に、子供ながらに胸をときめかせたこと。そして、坂の上にあるカフェで飲んだクリームソーダが、世界で一番美味しく感じたこと。それは、他愛もない、小さな思い出話。でも、その一つひとつが、今の私という人間を形作っている、かけがえのない宝物なのだ。 その夜、ホテルで父と二人きりになる時間があった。窓の外には、千万ドルの夜景が瞬いている。父は、しばらく黙ってその景色を眺めていたが、やがて、ぽつり、ぽつりと語り始めた。「明日、お前がウェディングドレスを着て、あいつの隣に立つ姿を見るのが、楽しみなような、少し寂しいような、複雑な気持ちだな」。普段、感情を表に出さない父の、珍しく素直な言葉だった。「あの小さな手が、いつの間にかこんなに大きくなって。そして、俺じゃない、別の男の手を握るようになるんだからな」。そう言って、父は少しだけ笑った。その笑顔は、私がこれまで見てきたどの父の笑顔よりも、優しく、そして少しだけ切なく見えた。 「小さい頃、お前を連れて来たこの神戸の街で、明日、お前が花嫁になる。なんだか、不思議な気分だ。でもな、あいつは良い奴だ。お前を任せられる、立派な男だ。だから、何も心配はしていない」。父の言葉は、決して雄弁ではなかった。けれど、その一言一句に、娘を思う父親の、深く、静かな愛情が満ち溢れていた。父は、私との思い出の場所であるこの神戸を、ただの過去の記憶としてではなく、私の新しい人生の門出を見届けるための、未来へと繋がる特別な舞台として、心に刻もうとしてくれている。そのことに気づいた時、私の胸は熱いものでいっぱいになった。 翌日のフォトウェディングは、雲一つない晴天に恵まれた。旧居留地の石畳の上で、メリケンパークの潮風の中で、そして、六甲の山の上から見下ろす絶景の中で、私たちは数えきれないほどの写真を撮った。でも、私の心に最も深く刻まれているのは、撮影の合間に、父がそっと私の隣に来て、「綺麗だぞ」と、たった一言だけ呟いてくれた、あの瞬間のことだ。父と歩いたあの坂道があったから、今日の私がいる。神戸という街は、父と娘の物語を、そして、新しい夫婦の物語を、これからもずっと、その美しい景色の中に見守り続けてくれるだろう。アルバムの最後のページには、ウェディングドレス姿で夫と腕を組む私の隣で、あの頃と同じ、不器用な笑顔を浮かべる父の写真が、誇らしげに収められている。